住民組織の強化から始まる歴史的まちづくり
住民組織の強化から始まる歴史的まちづくり
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氏名 |
後藤 悠希さん(ごとう・ゆうき) |
| 所属 | 松江市観光部観光振興課 小泉八雲・セツのドラマ応援室 主幹 |
| プロフィール | 島根県松江市生まれ、松江市育ち。広島県内の大学を卒業後、民間企業に8年間勤務の後、2015年松江市役所入庁。保険年金課、農政課、教育委員会学校教育課を経て2024年10月より現職。2025年秋から放送される連続テレビ小説「ばけばけ」を契機に観光部に設置された「小泉八雲・セツのドラマ応援室」で、ドラマの波及効果を観光に生かすべく施策に取り組む毎日。2024年12月と2025年1月に行われた「地方創生カレッジin山陰まんなか」には観光振興課観光戦略係の職員3名とともに参加した。 |
移住者と共に町を再生することで、面でつながる新たな観光振興を進めたい
NEW! 2026.03.23公開
根岸康弘さんは20年余りにわたって小笠原村のファンづくりに貢献し、昨年、その舞台を山口県阿武町に移しました。根岸さんの観光振興の集大成はどんな形になるのでしょうか。話をうかがいました。
観光振興は人とつながって働き、地域や人のためになれる魅力的な仕事
──根岸さんは20年以上観光振興に関わっていらっしゃるのですね。きっかけは?
根岸:余暇社会学を学んでいた大学時代、実習で行った野沢温泉で住民の意識調査をしたことが、地域に関わった最初だと思います。余暇社会学を専攻したのも「余暇」という言葉に惹かれて。デスクワークだけじゃないフィールドを求めていたんでしょうね。結果的に、廻り廻って最終的に行き着いたのが観光振興という職業でした。
──思い切った転職でしたね。
根岸:大学時代に海外を旅していたとき、サハラ砂漠で外国人に「小笠原諸島を知っているか」と聞かれたことが脳裏に焼き付いていました。転職時の充電期間にふとその時のことを思い出し、「今なら行ける」くらいの気持ちで小笠原に行ってみました。その結果、とても魅力があるところなのに「知る人ぞ知る地域なのはなぜ?」という疑問を持ち、であれば自分が魅力を発信する側に立てないだろうかと考えるようになったんです。2005年に小笠原に移住して現地の観光協会で仕事を始め、2011年からは小笠原諸島の世界自然遺産登録を機に東京本土に組織した小笠原村観光局で「小笠原アンバサダープログラム」という、いわゆるファンマーケティングの仕事もするようになりました。
──根岸さんにとって「地方創生」とは?
根岸:地域振興、観光振興にたずさわる最大の魅力は、様々な人と出会えるというところですね。ほとんどの業種とつながって、プロジェクトごとにタッグを組んで取り組むので、吸収することが多い。結果としてオールラウンダーになれるうえ、地域や人のためになっているというモチベーションが持てる、すごく魅力的な仕事だと思っています。 地方の価値は、これからますます高くなっていくのではないでしょうか。小笠原には、都会での人間関係に疲弊し、本来の自分を取り戻したいと思って来る方もいらっしゃいます。そんな方々と接していると、デジタル化が進むのに比例してアナログのつながりも必要性が増すのだと感じました。僕が従事してきた観光振興という仕事は、そのためのお手伝いにもなっているのかもしれません。しかし、ひとくちに観光振興といっても、昨年からたずさわっている山口県阿武町は小笠原とは正反対。
──抱えている問題が違うということ?
根岸:小笠原は観光コンテンツが豊富で、観光ガイドも多数います。住民の平均年齢は40代前半。空き家対策とは無縁で家が足りなくて困っているくらい。一方、阿武町は観光地ではなく、観光ガイドは兼業でやられている方がほんの数名。高齢化率は50%以上で、空き家問題は切実です。 2024年6月、登壇の機会をいただいたファンマーケティングに関する研修会に、これから観光振興に取り組みたいと考えていた阿武町の方が参加してくれました。「これから観光に取り組むという地域が全国にはまだあるんだ」と驚いたのが阿武町との出会いです。その数か月後、地方出張の際に阿武町に立ち寄り、町の方々と地域の未来について意見交換させていただきました。後日、阿武町役場から「町の観光振興のけん引役を!」とお声掛けいただいたのがきっかけで移住を決めました。今は阿武町役場まちづくり推進課に所属しながら、観光協会のような存在である「一般社団法人あぶナビ」の伴走支援をする形で町の観光振興に従事しています。
──阿武町での取り組みの様子はいかがですか。
根岸:阿武町に来てからしばらくは地域の方へのヒアリングを行っていました。そして5か月経ったいま、ようやくポツポツと事業の種まきや水やりを始められたところです。阿武町は物見遊山的な観光資源は少ないのですが、町が掲げる「持続可能な社会」に向け様々な取り組みが行われているので、学習を兼ねた体験プログラムの素材は豊富です。例えば、阿武町は和牛4品種の1つである無角和種の生産地なのですが、同種は全国で200頭ほどしかいない希少種で且つそのうち180頭ほどが阿武町で飼育されているのです。この希少性を活かして無角和種のブランディングに繋がる体験プログラムができそうです。その他にも、空き家になってしまっている古民家の再生、往年の活気を失ってしまった商店街の再生等々。これを、町内外の阿武町ファンがワンチームになってやっていくような取り組みを考えています。
──移住者も、ですか。
根岸:人口減少している地域での観光振興には、移住、定住促進も視野に入れた取り組みが必要だと僕は考えています。「点」でしか交われない一見客の傾向が強い物見遊山的な観光ではなく、まちづくりの企画・実装・運用にも関わっていただけるような、内容的にも、時間的にも、「面でつながる観光振興」ができたらいいなと考えているんです。
域外では阿武町情報拡散ネットワーク構築に励んでいます。
ワークショップでまちづくりを自分事に。eラーニングでは表現磨きも
──「創生カレッジin飛騨高山カレッジ」にご参加いただきました。受講の動機、感想を聞かせてください。
根岸:地域の観光・地域振興に従事する人は、他自治体の先進的な取り組みに直に触れることで見聞を拡げ自分事にすることが大事だと思っているので、まちづくり推進課職員とあぶナビのスタッフにも声をかけ、3名で参加しました。飛騨市の取り組みで注目されているファンマーケティングは自分がこれまでやってきたことと共通点も多く、方向性が間違っていなかったことを確認することができました。また、地域振興のレールを敷いていく移住人材が地域に根付いて関係人口を増やしている実態は、これから阿武町で取り組みたいことの後押しになりました。
市長さん自ら飛騨の地酒と飛騨牛を持って出張PRする「お出かけファンクラブ」には驚きましたね。僕も同様に、飲食しながらゆるく小笠原の魅力を知っていただく観光PRイベント「小笠原アカデミー」を全国各地で開催してきましたが、ホスト役はあくまでも観光局職員や小笠原アンバサダーの人たちだったので。地域おこし協力隊の活動終了後に独立して、地域のために活動している方のお話も伺えました。阿武町で活躍中の協力隊員や地域支援員の方にも同様の将来像をイメージしていたので、とても刺激的でした。
──カレッジに先立って、eラーニング講座を受講されましたね。いかがでしたか。
根岸:僕が観光振興に関わり始めた頃にはまだ「関係人口」という言葉はなく、ファンマーケティングという手法を用いて暗中模索しながら観光客との関係強化を図ってきました。それが今まさに「関係人口」という言葉で定義付けられ、観光・地域振興のトレンドとして注目されていることがわかり、今後の方向性を見定めるうえでとても参考になりました。また、僕が阿武町で進めようとしていることをわかりやすい言葉で伝える、表現の研鑽ができたことも収穫です。
「ながら学習」をすることもあるので、講座の動画の速度を変えられるところがいいですね。確かな情報を取捨選択するのが難しい今、業界で実績をお持ちの方々が講師として名を連ねていることにも信頼性の高さを感じます。今回せっかくこうして受講のきっかけをいただいたので、生涯学習という枠組みで今後もほかの講座を受けてみたいと思っています。これは1つのアイデアですが、単元を終了したら就職や転職活動の強みになるようなステイタスが得られる仕組みがあったら、若い人の受講数が増えるんじゃないでしょうか。
──なるほど。若い世代のeラーニング活用法、ほかにアドバイスはありますか。
根岸:僕らが就職活動をした時代は、例えば観光業界なら、観光地など「受け入れ側」にも魅力的な就職の需要はあったはずなのに、旅行会社など「送る側」の情報ばかりでした。小笠原の仕事をしていた当時は高校や大学で教えていたこともあり、就活の相談を受けることもあったのですが、今はインターネットを通じて「受け入れ側」の情報を検索できるものの、就活でそれが生かされていないと感じていました。eラーニングでは「受け入れ側」で活躍する人も講師になっているので、就職先の視野を広げられそうですね。
──「観光を教える」こともしてこられたんですね。
根岸:観光振興は教育から始まる、とも思っているんです。今、阿武町の海でも磯焼けが原因で海藻が減少し、海が疲弊してしまうという現象が起きています。持続可能な社会を目指す阿武町では、実験的に海藻養殖を始めており、「あぶナビ」では海藻を通じて「海」のことを楽しみながら学習する体験プログラムの開発を進めています。「学習観光」という分野ですね。
学習観光としてはその他に、「森」を舞台にした「無角和種の認知拡大とブランディング」も計画中です。更に「里」を舞台にした「古民家再生による町の新たな賑わい創出」にもチャレンジしたいと考えています。こうした事業を町内外の方々と一緒に進めることで、阿武町の「関係人口」が創出できればと考えています。まずは国内の方を対象に、その後、阿武町に関する口コミが広がり、感性が合えばインバウンドの方にも来てもらうくらいに、ゆっくりと、阿武町が魅力的な土地として認知されていくような方向性をイメージしています。
阿武町を、移住者が地域振興の主役になるモデル都市に
──根岸さん自身が阿武町への移住者、ですね。住んでみて感じた阿武町の魅力は?
根岸:なんといっても海産物が新鮮でおいしいこと!そして信じられないくらい安い! 高級魚で知られているノドグロは、道の駅で6尾1000円くらいで売られています。食の豊かさは移住地を選ぶときの大事なポイントでしょう?このようにカルチャーショックを受けるような日常を「ABUノーマルな暮らし」というキャッチコピーで売り出そうと思っているんです。また、移住先という点では、山口県は全国的にも自然災害が少ない地域なので、安心安全に暮らしたいという方にとっては移住の候補地になるかもしれません。数年住んでいただければ、町でひと通りの体験もできるし人間関係も作れると思います。
町内外アンバサダーによる混成チーム活動を進めています。
──移住のターゲット層は?
根岸:もちろん若年層にも移住していただきたいですが、個人的に注目しているのが60歳前後の方々です。会社をリタイアすると社会から離脱してしまうことが多いですが、これまで培ってきた実績やスキルには地方で必要とされることがいっぱいあるはず。阿武町のまわりの市町村は合併して萩市になったのですが、阿武町は人口2900人弱の小さな自治体だからこそフットワークよく動けるという実感があるし、移住者に対して手厚いサービスが提供出来ると感じています。「第二の人生の舞台を別の場所に移してみるのもアリ」というのが小笠原でも阿武町でも、町の魅力を感じながら暮らしてきた僕の実感です。ぜひ移住地でご自身のスキルを活かして地域振興の主役になっていただきたい。そういうモデル都市に、阿武町がなれたらうれしいです。
──移住者が地域振興の主役になるという発想。素敵ですね。
根岸:会社をリタイアしたあと、することがなくてぼんやり過ごしていてはもったいない。eラーニング講座は相当広い分野を網羅しているので、自分のスキルを地域で花咲かせるヒントになる講座が見つかると思うし、そんなコンテンツが増えてくれたら素晴らしですね。
60歳を前に、観光振興をゼロイチでやっていくチャンスを与えてもらったことに感謝しています。できる限りのことをやっていきたいし、僕自身も成長できる伸びしろがまだあると思っているので、阿武町のみなさんと一緒になって切磋琢磨できたらと思っています。
根岸 康弘さん
(ねぎし・やすひろ)
山口県阿武町役場 阿武町地域プロダクトマネージャー
[プロフィール]
東京都世田谷区生まれ。大学で余暇社会学を学び、卒業後商社に入社。2005年より小笠原諸島にて観光振興に従事した後、2011年からは東京本土に組織した小笠原村観光局にて、ファンマーケティングを取り入れた観光振興を行う。2025年9月より山口県阿武町役場まちづくり推進課所属。一般社団法人あぶナビを伴走支援しながら、阿武町の観光振興に力を注いでいる。
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