千葉県いすみ市『いすみ市役所』

学校給食が導き出す オーガニックと地域の可能性

ゼロからスタートした有機米生産 環境と経済の両立が原点

いすみ市の有機米生産の推移

有機米生産の消費者オーナー制度、田植えや収穫体験などを導入
「モノ」だけでなく「コト」も共有し、いすみ市全体の魅力として発信している

 2020年2月現在、いすみ市内にある13の小中学校の給食に使用されているお米は、100%地元産の有機コシヒカリ「いすみっこ」®である。全国の有機農業の盛んな地域でも、有機米を学校給食に導入している事例は見られるが、全量達成しているのは、いすみ市だけである。しかも、それが達成できるまでに、かかった年月は実質4年だという。

 「当初は、学校給食への導入以前に、有機米を作ること自体、ほとんどの人が不可能だと思っていました」

 市内の有機農業の推進をサポートするいすみ市農林課の、鮫田晋主査は、取り組み始めた当初を振り返る。
 いすみ市の有機米生産への取り組みは、2014年より、いすみ市と千葉県、各地で有機稲作の技術指導をする「NPO法人民間稲作研究所」(※2)、そして市内の稲作農家が連携してスタートした。その中核を担ったのはいすみ市であり、実質、鮫田主査がその立ち上げと推進を行ってきた。
 きっかけは、いすみ市が掲げた、環境と経済の両立を目指すまちづくり戦略にあった。地方創生を目指し、地域資源の活用や産業の強化を図るために、2012年に「自然と共生する里づくり協議会」を設立。そのなかに「農業部門」があり、戦略推進の一環として、有機稲作の推進が始まった。

「私は当初は農業ではなく、まちづくり戦略全体の担当でした。とはいえ、そもそも私自身地方創生などまったく知識がありませんでしたので、一から先行事例を調べました。そのなかで、「兵庫県豊岡市のコウノトリを中心とした環境共生社会づくり」(※3)を知り、徹底して学びました。そのなかで無農薬無化学肥料の稲作の取り組みは、環境に負荷をかけない農業という点で不可欠であり、いすみ市でも導入に向けて動き出しました。そのタイミングで、私は今の農林課に異動になりました」

 当初は稲作の有機農家はゼロ。とはいえ、盛んだった稲作のまちも、米価の下落や高齢化による後継者問題など、課題が山積していた。鮫田主査は、その課題解決にも有機稲作が力を発揮すると考え、仕組みを作り上げていった。

「有機稲作の全国的なスペシャリストである、民間稲作研究所の稲葉光國氏を講師に招き、一から技術確立を徹底するとともに、有機米の買い取り価格を、JAを中心に従来米の1.5倍に設定し、有機米を作ることで収入増にもつながるようにしました。有機米は、社会全体の食に対する安全安心志向の高まりやエシカル消費などにより、需要が高まり、販路拡大が期待できると思いました」

 当初は失敗の連続で、生産量も1tにも満たなかったが、翌年には4t、4年目には28tにまで増加(図参照)。並行して、市場でのブランディングを図るために、いすみ市の有機米として「いすみっこ」®ブランドを確立。地域スーパーなどでの販売もスタートし、千葉県の食ブランドの象徴として評価され、日本航空のファーストクラス機内食にも採用された。

「他にも、豊岡市などの取り組みを参考に、消費者の田んぼのオーナー制度や農業体験などをはじめました。有機稲作をあらゆるまちづくり分野に活かすことで、地元の人たちを中心に有機農業が多面的に理解されるようになり、当初は従来の米づくりを変えることに反対する人も、徐々に減っていきました」

 「学校給食」は、こうしたさまざまな取り組みの一つであった。だが、鮫田主査もまさか100%有機米にできるとは、その時は思ってもみなかった。